歴史 ③ 古墳・古代遺跡めぐり

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関西で学ぶ、日本の始まり

古墳・古代遺跡から見える「この国のかたち」

教科書で習った「大和朝廷」「飛鳥時代」「奈良時代」。すべて 私たちが暮らす関西が主役の時代です。日本という国の基盤が形作られたのは、まさに私たちが住んでいる場所。通勤で通る駅の近くに、日本最大級の古墳が眠り、休日に散歩する公園の地下に、古代の都の遺構が広がっている。世界最古の木造建築って、何年前のもの?
関西に暮らすということは、すごく恵まれたことなんだと今更ながらに思います。

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世界最大級の墳墓が、私たちの隣町にある「 堺!」

大阪府堺市にある仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)の全長は約486メートル。エジプトのクフ王のピラミッド、中国の始皇帝陵と並ぶ世界三大墳墓のひとつ。

大阪の中心部から電車で30分。住宅街を歩いていると、突然、深い緑に覆われた巨大な森のような古墳が現れる。どうして古代の人たちはこんなに大きくしたのでしょう?

関西の古墳が物語ること

  • 全国の古墳の約6割が関西に集中
  • 世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」には49基の古墳
  • 5世紀の日本で、これほどの権力と技術力を持つ政権がここにあった証

史料があまりない時代だからこそ、どのような人物が当時統治していたのか? 気になるところです。聖徳太子の政策は教科書で学びますが、それより前の時代は分からないことが多すぎる。聖徳太子がお手本とした為政者も当時いたのでしょうか。多くのことが想像となってきますが、確かに組織力のある権力機構が存在していたことは確かなようです。

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歩いてわかる「都の成り立ち」

日本の都は、小さい宮の移動を伴いつつ、飛鳥→藤原京→平城京→長岡京→平安京と移り変わりました。
その大半が関西。幸いなことに、それらの遺跡の多くが特別史跡などとして守られ、今も歩いて訪れることができます。

飛鳥時代(592-710年)  奈良県明日香村を歩けば、石舞台古墳、高松塚古墳、飛鳥寺跡など、日本が国家として形を整えていった痕跡が、徒歩圏内に点在しています。聖徳太子が政治を行い、大化の改新が起こったまさにその場所を、自分の足で歩ける。

奈良時代(710-794年)  平城宮跡に立つと、東西約1.3km、南北約1kmという広大な空間が広がります。復元された朱雀門や大極殿を見ると、1300年前にここが日本の中心だったことが実感できます。遣唐使が派遣され、東大大仏が造られ、『万葉集』が編まれた時代。

平安時代初期(794-1185年)  京都の碁盤の目状の街並みは、平安京の都市計画がそのまま残ったもの。私たちが普段歩いている京都の通りは、1200年前の人々と同じ道です。南には東寺があり、東西南北により町の趣が異なっているのは京都の魅力の一つです。

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日本がもっと身近になる瞬間

古墳や遺跡を訪れると、不思議な感覚に包まれます。

「高層建築物なんて無い時代に こんなにも大きな墓をドンと作る」 「周り一面が 田畑だったのだろうか。。」 「誰が現場監督してたのだろうか。。」 「女性や子供たちも手伝わされてたのだろうか。」

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壮大なスケールに圧倒される

古墳の巨大  仁徳天皇陵古墳の墳丘の体積は約140万立方メートル。何人の人が現場仕事をしていたのでしょう。きちんと測量したり、現場監督もいて、日当がもらえたのでしょうか。。大変ですね、と当時の作業員にねぎらいの一言でもかけてあげたい気持ちにさせるような大きさ。

都市計画の壮大さ  平城京は 東西約4.3km、南北約4.8km。人口約10万人が暮らす国際都市でした。平安京はさらに大きく、東西約4.5kmkm、南北約5.2km。1300年前に、これほど計画的な都市を造り上げた技術力と構想力。その壮大さを、実際に歩いて体感できます。東大寺と西大寺、春日大社や若草山、まちづくりの全体像が分かって面白い。大きな入場ゲートのような門を配置した古代中国のアイデアはすばらしい。

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関西に暮らす私たちだからこそ

週末、少し足を伸ばせすと・・・

  • 大阪 : 世界遺産の古墳群を歩ける
  • 奈良 : 日本最初の本格的都城の跡地を巡れる
  • 京都 : 平安時代の都市計画の上を歩ける
  • 兵庫 : 古代の港や古墳を訪ねられる
  • 滋賀 : 壬申の乱の舞台や古代寺院跡を探索できる

これほど密度濃く古代遺跡が残る地域は、日本中探しても関西だけ。思い立ったが吉日、いつでも気軽に歴史ウォーキングができる環境にあるのが関西の強み。

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お墓やわずかに残った遺物。 手掛かりは少ない。

遺っているいるモノが少ない古代にまつわる遺産は、現存するモノすべてが希少。それらの遺産に触れる機会がとても貴重であると感じます。巨大な古墳を目の当たりにして「すごい!」と驚く。広大な宮跡に立って「ここが日本の都だったんだ」と実感する。分からないからこそ自由に想像してみるのも良いでしょう。

記憶は眠る。 時代に生きた想いを辿る

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